2014年 09月 11日
ビリー・ワイルダーの《地獄の英雄》(1951) |
私の最も好きな映画監督は、ジョン・フォード、アルフレッド・ヒッチコック、ビリー・ワイルダーの3人。ワイルダーの40~50年代の作品は冴え渡っています。中でも《サンセット大通り》と本作が双璧、と常々思っていますが、とは言うものの、《お熱いのがお好き》も削るわけには行きませんし、《深夜の告白》、《情婦》、《ワン・ツー・スリー》も捨て難い・・・・・困ったものですね。
その昔、《サンセット大通り》を映画館で観たときの後味の悪さは何とも忘れ難いものでした。「こんな映画、2度と観るものか!」と思ったのに、その後も魅き寄せられるように何度も観てしまいました。ワイルダー映画の登場人物は、どうしてみんな、揃いも揃ってこんなにいやなヤツばかりなのだろう、《深夜の告白》のマクマレーも、《サンセット》や《第17捕虜収容所》のホールデンも。
(上の写真は《深夜の告白》のフレッド・マクマレーとバーバラ・スタンウィック。下は《サンセット大通り》のウィリアム・ホールデン、グロリア・スワンソン、エーリヒ・フォン・シュトローハイム。)
そして、本作のカーク・ダグラスは更にその上を行くのです。ニューヨークやシカゴの大新聞で乾されて、西部の田舎町のアルバカーキで一旗上げるチャンスを狙う新聞記者という役どころです。阿漕な新聞記者の倫理観のなさと、それに躍らされる大衆の愚かさ。そこからアメリカ文明の浅薄さを抉り出すような、社会派仕立てのドラマになっています。
ワイルダーは、ナチの強制収容所で家族を大勢殺されているので、彼が人間の醜い本性を暴き立てずにはいられないのは、そのせいに違いないと初めは思っていました。喜劇を作るときでさえ、ワイルダー映画では「上役におもねって、彼等の情事のために自宅を明け渡すダメ男」(『アパートの鍵貸します』)なんていうキャラクターが主人公になるのです。「何て底意地の悪い奴なんだ」と思っていましたが、ある時、そんな見方が間違いだということを悟りました。それもまた、彼ならではの「人間讃歌」の1つの表現方法なんだな、ということがわかったのです。そう思って観ると、彼の映画からそれまで見えないものが色々と見えて来て、やめられなくなってしまいました。
でも彼の映画には、もうちょっとオットリした内容のものもあります。特にオードリー・ヘプバーンを主役にした《麗しのサブリナ》と《昼下りの情事》では、そんなワイルダーらしさがほとんど感じられず、ちょっと物足りないくらいです。
《地獄の英雄》の主役は、先に述べた通り、野心的な聞屋(ぶんや)を演じるカーク・ダグラスで、相手役はジャン・スターリング。彼女は、カーク・ダグラスが数年前に《三人の妻への手紙》で共演したポール・ダグラスと結婚したばかりでした。この写真を見ると、私生活では、この二人は仲の良い友人だったかも知れません。
下の写真は、ジャン・スターリングと夫君のポール・ダグラス。ポールは、《アパートの鍵貸します》でジャック・レモンの上役を演じる予定でしたが、心臓発作で急死してしまい、フレッド・マクマレーが代わってその役を演じたのでした。
あらすじは次のようなものです。
元ニューヨークの新聞記者テイタム(ダグラス)は、アルバカーキの新聞社に就職するが、センセーショナルな記事を書いて第一線に復帰したいと思っている。田舎の街道筋でガソリンスタンドを経営する男レオが、インディアンの洞窟に盗掘のために入って落盤事故のために閉じ込められた現場に遭遇したテイタムは、無節操な保安官と共謀し、ニュースが全国的な規模になるまで男の救出を引き伸ばす。狙いは図に当たり、見物客が殺到して現場はカーニヴァルのような大騒ぎになる。しかし、レオは救出される前に死亡し、彼の無情で不実な妻(スターリング)に愛想を尽かしたテイタムは、彼女を、レオの贈った狐の襟巻きで絞め殺しそうになり、逆に刺されて重傷を負う。新聞社に帰り着いたテイタムは、社主の前で自嘲的なセリフを吐きながら息絶える。
この映画には、ワイルダー映画は全てそうですが、穿った、あるいは辛辣なセリフが散りばめられています。例えば、テイタムはアルバカーキの新聞社で、社長に次のように言って仕事を得ます。「俺も今までいろいろと嘘をついて来た。ベルトをしてるヤツも騙したし、サスペンダーをしてるヤツにも嘘をついた。でも、あんたみたいに、ベルトとサスペンダーの両方をしている人は騙せない」。そのうちに気が付くと、テイタム自身がベルトとサスペンダーを両方身につけているのです。
テイタムは、レオの妻ロレインに、教会に行って夫のために祈ったら良い記事になる、と提案すると、ロレインが答えて曰く、「私、教会へは行かないの。膝まづいたりしたらストッキングがたるんじゃう」。ロレインは、別の時にテイタムに言います。「今まで『固ゆでタマゴ』(ハードボイルド・エッグ=「非情なヤツ」という意味)は沢山見てきたけど、あんたみたいなのは初めてだよ。あんたは『20分』さ!」。
ところで、この作品の原題のACE IN THE HOLE (穴の中のエース)は次のセリフから採られています。事故現場の取材権を独占しようとするテイタムは、保安官を抱き込んで思いのままに操ろうとします。来たるべき選挙の票集めのことしか頭にない保安官(アメリカの保安官は選挙で選ばれる)は、大勢の地元民の集まるヘビ狩りで一席ぶって、トランプゲームのさなかに呼び出されたというので機嫌は最悪。「貴様、きいたふうなことを抜かしやがるとブタ箱にぶちこんでやるぞ」とテイタムにいきまくのですが、テイタム曰く、「でポーカーはどんな手が来たんだ? 2のワンペアがせいぜいだろうが。こっちにゃ穴の中にエースがあるんだぜ!」 そして、この救出作戦が彼の票集めにどんなにプラスになるかわかっているのか、と囁きます。「お前の出方次第では、お前の活躍ぶりを新聞に書いてやってもいいんだぜ!」と。
ダグラスは、役に入れ込みすぎて、すんでのところでスターリングを本当に絞め殺すところだった、と述懐しています。
ワイルダーは、アメリカの新聞記者から「アウシュヴィッツで母親を殺されたと知った時はどんな気持ちだったか?」と訊かれて、そんな質問をする記者の常識を疑ったと述懐していますが、もしかすると、そんな出来事が動機となって、この物語を思いついたのかも知れません。この映画は、当然のことですが、ジャーナリズムを敵に回してしまいました。従ってヒットせず、甚だしく不当な過小評価しか得られませんでした。また、MGMの社長のメイヤーなどからも大いに憎まれました。彼等は自分たちの作り上げた「夢の工場=ハリウッド」にまだ強い執着を持っていたのです。ワイルダー自身、この映画は「美味しいカクテルを待ち望んでいるお客に酢をあたえるようなもの」と言ったといいます。しかし、「私自身にとっても最も気に入った作品に仕上がった」と彼自身をして言わしめるほど、この映画は傑作となったのでした。
この作品のDVDは、ジュネス企画から発売されています。
by cembalofortepiano
| 2014-09-11 23:51
| 映画