2014年 08月 09日
オススメの映画 - 《嵐の青春》 KINGS ROW (1942) |
私は大の映画好きです。昨日や今日、始まったことではありません。高校時代に、やはり映画好きの級友と賭けをしました。1ヶ月の間に、どちらが沢山、映画を観られるか、という勝負です。ルールは、次のようなものでした。学校をサボってはならない、従って映画は放課後か休日に観ること、外国映画に限ること、商業映画館で観られる映画に限ること、1つの映画は最初から終わりまで観ること、同じ映画を2回以上観てもそれはカウントできないこと、等々。当時は、場末で2本立て、3本立ての映画館が沢山あったので、そういう映画は狙い目でした。私は、結局29本見て、負けました。相手は31本ぐらい見ていたような記憶があります。
留学時代もアムステルダムでいろいろな映画を観ましたが、オランダは全て字幕付きの原語上映。私はオランダ語はからきし駄目なので、英語の映画に限られました。《カサブランカ》などは、毎年観たような覚えがあります。日本へ帰ってしばらくすると、映画のビデオのレンタルが始まり、早速、貸しビデオ屋の会員になりました。レーザーディスクとVHDは両方、持っていました。
私が好んで観るのは主にアメリカ映画。特に、1930年代から40年代の映画をよく観ます。それは、この時代のアメリカに世界中の才能が集まっており、感情を伝える、という映像技術が最も発達していたからです。映像技術というのは、アクション映画やSF映画で観る特撮技術のことではありません。登場人物の感じている怖れやおののき、切ない恋心や不安、喜び等々。そうしたものを伝えるのに、俳優の演技も勿論重要ですが、カメラのアングルや動き、ショットの編集等々、映画ならではの表現方法があるのです。そのような技術はサイレント映画の時代に飛躍的に発達しました。そして、戦後間もなく、ブラックリストなどによる反共キャンペーン―いわゆる「赤狩り」―が映画から表現の自由を奪い、映画人の精神を萎縮させてしまうまでが、いわば「映画の黄金時代」だったのです。
ちょっと宣伝めきますが、TSUTAYAの宅配サービスには、この種の古き良き時代の名画が大量にコレクションされており、私は2年ほど前からこれを利用していますが、いまだに見切れません。また、IVCやジュネス企画、ブロードウェイといった会社から、やはり古い名画が続々とリリースされています。今日は、そうした昔の名画の中から、《嵐の青春》Kings Row (1942)という映画をご紹介しましょう。1941年の製作ですが、翌年の公開。興行成績は良くなかったようです。
主演は、ヒッチコックの《逃走迷路》や《ダイヤルMを廻せ!》のロバート・カミングスと、ロナルド・レーガン(あの第40代アメリカ大統領のレーガンです)、女優陣は《汚れた顔の天使》のアン・シェリダン、ベティ・フィールド、ナンシー・コールマンなど。
脇を固めるのは、《カサブランカ》、《スミス都へ行く》、《汚名》などで名演技を見せたクロード・レインズ、《邂逅》のマリア・オースペンスカヤ、《紳士は金髪がお好き》、《レディ・イヴ》のチャールズ・コバーン、そして《レベッカ》のデンヴァース夫人の役で忘れ難い印象を残したジュディス・アンダーソン等々。監督は《誰がために鐘は鳴る》や《打撃王》のサム・ウッド、脚本が《海賊ブラッド》、《キリマンジャロの雪》のケイシー・ロビンソン(《カサブランカ》にも関わった)、撮影が《ゼンダ城の虜》、《ハッド》のジェームズ・ウォン・ホウ、そして音楽がオペラ作曲家としても有名なエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト、メインタイトルの音楽は《スターウォーズ》にそっくりです。
1900年前後のアメリカの田舎町キングズ・ロウ(これが映画の原題)を舞台に、恵まれた環境で育った2人の上流階級の少年たちと、彼らを取り巻く3人の女性たちの物語。と、こういう風に説明したら、「何だ、ありきたりの青春ドラマか」と誰もが思うに違いありません。実は私もそうでした。ところが、さにあらず! 余りにも予期せぬ運命の変転でこの若者達たちは地獄を見ることになります。そして大人達の偽善者ぶり。意外な事件が青年たちに次々と降りかかり、凄まじくも痛ましい、何とも言いようのない波瀾万丈のストーリーです。
以下、あらすじ。
裕福な少年パリスとドレークは親友でした。2人とも両親は早くに亡くなっていました。彼らの人生を中心に、幼友達の3人の少女キャシー、ルイーズ、ランディ達が絡みます。パリスとキャシーは幼な心にも互いに魅かれ合っていましたが、ある日突然、キャシーは父親のタワー医師の命令で学校をやめさせられてしまいます。父親が自宅で教育するというのです。タワー医師は感情を表に出すことのない人物で、自宅で開業している気配もなく、また、誰もキャシーの母親には会ったことがないため、彼らの家は何やら謎に包まれていました。
それから10年の歳月が流れます。成人したパリスは医学を学ぶためにウィーンに留学することを希望し、その準備のためにタワー医師の下で個人教授を受けることになります。
タワー家に通うようになったパリスは美しく成長したキャシーに再会、2人はすぐに愛し合うようになります。 パリスはタワー医師の教えを受けるうちに、学者としても人間としても彼に深い尊敬の念を抱くようになりますが、キャシーは、何故か行動の自由を著しく父親に制限されているようであり、暗く不幸な毎日を送っているようでした。
そしてパリスがいよいよウィーンに出発しようという前夜、突然彼の家にやって来たキャシーは異常に興奮していて、パリスに駆け落ちするように迫ります。パリスは何とか彼女を沈静させて駆け落ちを思いとどまらせ、帰宅させますが、何と彼女はその翌朝、死体となって発見されます。彼女の父が彼女に毒を与え、自分もその後を追ったのでした。事件に巻き込まれたら留学が出来なくなる、というので、後を全て親友のドレークに任せて、パリスはウィーンに旅立ちます。
ドレークは、町で開業しているゴードン医師の娘ルイーズと相思相愛の仲でしたが、ドレークを軽薄なプレイボーイと思っているゴードン夫妻は2人の交際を禁じます。いつかゴードン医師を見返してやると不満な心の内をパリスに打ち明けるドレークでしたが、パリスの出発を見送ったドレークは、駅で幼なじみのランディに再会します。交際を始めた2人はやがて深く愛し合うようになりますが、鉄道員の娘ランディと上流階級のドレークでは家格が釣り合わず、ランディはドレークの求婚になかなか応じることが出来ません。
不動産業を始めて町の郊外に快適な住宅地を分譲するという夢を語るドレークでしたが、信頼していた銀行家に信託財産の全て持ち逃げされて無一文になってしまいます。ランディの口利きで鉄道員になったドレークは、その真面目な働きぶりと有能さを評価されて幸福な生活を取り戻すかに見えますが、ある日貨物の荷崩れの下敷きになって大怪我をし、駆けつけたゴードン医師の手術で両脚を切断されてしまいます。ゴードンの娘ルイーズはドレークへの想いを立ちきることが出来ずに悶々とした日々を送っていますが、彼女は父が故意にドレークの両脚を切断したと言って非難し、自らの名誉を守ろうとする父親によって自宅に軟禁状態にされてしまいます。
ランディは打ち砕かれたドレークの気力を何とか回復させようと献身的な看病をするのですが、自らの力に限界を感じてウィーンのパリスに助けを求めます。優秀な成績でウィーンの大学を卒業したパリスは、フロイトの下で精神医学の領域を究めるべく、更に研鑽を積むことを計画していましたが、親友の危急を救うために急遽帰国し、ここに、パリス、ドレーク、ルイーズ、ランディという幼なじみの4人が、再びキングズ・ロウの町で相まみえることになるのでした。(これ以上は、観てのお楽しみにしましょう。)
アメリカでは、この作品のDVDはワーナー・ホーム・ビデオから発売されていますが日本では出ていません。字幕スーパー版は、ちょっと値段は張りますが、ジュネス企画からリリースされています。TSUTAYAの宅配サービスでレンタルできます。断然、お薦めの1本です。
留学時代もアムステルダムでいろいろな映画を観ましたが、オランダは全て字幕付きの原語上映。私はオランダ語はからきし駄目なので、英語の映画に限られました。《カサブランカ》などは、毎年観たような覚えがあります。日本へ帰ってしばらくすると、映画のビデオのレンタルが始まり、早速、貸しビデオ屋の会員になりました。レーザーディスクとVHDは両方、持っていました。
私が好んで観るのは主にアメリカ映画。特に、1930年代から40年代の映画をよく観ます。それは、この時代のアメリカに世界中の才能が集まっており、感情を伝える、という映像技術が最も発達していたからです。映像技術というのは、アクション映画やSF映画で観る特撮技術のことではありません。登場人物の感じている怖れやおののき、切ない恋心や不安、喜び等々。そうしたものを伝えるのに、俳優の演技も勿論重要ですが、カメラのアングルや動き、ショットの編集等々、映画ならではの表現方法があるのです。そのような技術はサイレント映画の時代に飛躍的に発達しました。そして、戦後間もなく、ブラックリストなどによる反共キャンペーン―いわゆる「赤狩り」―が映画から表現の自由を奪い、映画人の精神を萎縮させてしまうまでが、いわば「映画の黄金時代」だったのです。
ちょっと宣伝めきますが、TSUTAYAの宅配サービスには、この種の古き良き時代の名画が大量にコレクションされており、私は2年ほど前からこれを利用していますが、いまだに見切れません。また、IVCやジュネス企画、ブロードウェイといった会社から、やはり古い名画が続々とリリースされています。今日は、そうした昔の名画の中から、《嵐の青春》Kings Row (1942)という映画をご紹介しましょう。1941年の製作ですが、翌年の公開。興行成績は良くなかったようです。
主演は、ヒッチコックの《逃走迷路》や《ダイヤルMを廻せ!》のロバート・カミングスと、ロナルド・レーガン(あの第40代アメリカ大統領のレーガンです)、女優陣は《汚れた顔の天使》のアン・シェリダン、ベティ・フィールド、ナンシー・コールマンなど。
脇を固めるのは、《カサブランカ》、《スミス都へ行く》、《汚名》などで名演技を見せたクロード・レインズ、《邂逅》のマリア・オースペンスカヤ、《紳士は金髪がお好き》、《レディ・イヴ》のチャールズ・コバーン、そして《レベッカ》のデンヴァース夫人の役で忘れ難い印象を残したジュディス・アンダーソン等々。監督は《誰がために鐘は鳴る》や《打撃王》のサム・ウッド、脚本が《海賊ブラッド》、《キリマンジャロの雪》のケイシー・ロビンソン(《カサブランカ》にも関わった)、撮影が《ゼンダ城の虜》、《ハッド》のジェームズ・ウォン・ホウ、そして音楽がオペラ作曲家としても有名なエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト、メインタイトルの音楽は《スターウォーズ》にそっくりです。
1900年前後のアメリカの田舎町キングズ・ロウ(これが映画の原題)を舞台に、恵まれた環境で育った2人の上流階級の少年たちと、彼らを取り巻く3人の女性たちの物語。と、こういう風に説明したら、「何だ、ありきたりの青春ドラマか」と誰もが思うに違いありません。実は私もそうでした。ところが、さにあらず! 余りにも予期せぬ運命の変転でこの若者達たちは地獄を見ることになります。そして大人達の偽善者ぶり。意外な事件が青年たちに次々と降りかかり、凄まじくも痛ましい、何とも言いようのない波瀾万丈のストーリーです。
以下、あらすじ。
裕福な少年パリスとドレークは親友でした。2人とも両親は早くに亡くなっていました。彼らの人生を中心に、幼友達の3人の少女キャシー、ルイーズ、ランディ達が絡みます。パリスとキャシーは幼な心にも互いに魅かれ合っていましたが、ある日突然、キャシーは父親のタワー医師の命令で学校をやめさせられてしまいます。父親が自宅で教育するというのです。タワー医師は感情を表に出すことのない人物で、自宅で開業している気配もなく、また、誰もキャシーの母親には会ったことがないため、彼らの家は何やら謎に包まれていました。
それから10年の歳月が流れます。成人したパリスは医学を学ぶためにウィーンに留学することを希望し、その準備のためにタワー医師の下で個人教授を受けることになります。
タワー家に通うようになったパリスは美しく成長したキャシーに再会、2人はすぐに愛し合うようになります。 パリスはタワー医師の教えを受けるうちに、学者としても人間としても彼に深い尊敬の念を抱くようになりますが、キャシーは、何故か行動の自由を著しく父親に制限されているようであり、暗く不幸な毎日を送っているようでした。
そしてパリスがいよいよウィーンに出発しようという前夜、突然彼の家にやって来たキャシーは異常に興奮していて、パリスに駆け落ちするように迫ります。パリスは何とか彼女を沈静させて駆け落ちを思いとどまらせ、帰宅させますが、何と彼女はその翌朝、死体となって発見されます。彼女の父が彼女に毒を与え、自分もその後を追ったのでした。事件に巻き込まれたら留学が出来なくなる、というので、後を全て親友のドレークに任せて、パリスはウィーンに旅立ちます。
ドレークは、町で開業しているゴードン医師の娘ルイーズと相思相愛の仲でしたが、ドレークを軽薄なプレイボーイと思っているゴードン夫妻は2人の交際を禁じます。いつかゴードン医師を見返してやると不満な心の内をパリスに打ち明けるドレークでしたが、パリスの出発を見送ったドレークは、駅で幼なじみのランディに再会します。交際を始めた2人はやがて深く愛し合うようになりますが、鉄道員の娘ランディと上流階級のドレークでは家格が釣り合わず、ランディはドレークの求婚になかなか応じることが出来ません。
不動産業を始めて町の郊外に快適な住宅地を分譲するという夢を語るドレークでしたが、信頼していた銀行家に信託財産の全て持ち逃げされて無一文になってしまいます。ランディの口利きで鉄道員になったドレークは、その真面目な働きぶりと有能さを評価されて幸福な生活を取り戻すかに見えますが、ある日貨物の荷崩れの下敷きになって大怪我をし、駆けつけたゴードン医師の手術で両脚を切断されてしまいます。ゴードンの娘ルイーズはドレークへの想いを立ちきることが出来ずに悶々とした日々を送っていますが、彼女は父が故意にドレークの両脚を切断したと言って非難し、自らの名誉を守ろうとする父親によって自宅に軟禁状態にされてしまいます。
ランディは打ち砕かれたドレークの気力を何とか回復させようと献身的な看病をするのですが、自らの力に限界を感じてウィーンのパリスに助けを求めます。優秀な成績でウィーンの大学を卒業したパリスは、フロイトの下で精神医学の領域を究めるべく、更に研鑽を積むことを計画していましたが、親友の危急を救うために急遽帰国し、ここに、パリス、ドレーク、ルイーズ、ランディという幼なじみの4人が、再びキングズ・ロウの町で相まみえることになるのでした。(これ以上は、観てのお楽しみにしましょう。)
アメリカでは、この作品のDVDはワーナー・ホーム・ビデオから発売されていますが日本では出ていません。字幕スーパー版は、ちょっと値段は張りますが、ジュネス企画からリリースされています。TSUTAYAの宅配サービスでレンタルできます。断然、お薦めの1本です。
by cembalofortepiano
| 2014-08-09 23:21
| 映画