モンテヴェルディ愛の二態~オペラ編~ |
再開の最初の話題は、2年9ヶ月前の最後の話題と同じモンテヴェルディの《ポッペアの戴冠》です。8月1日の夜、サントリーホール・ブルーローズでのコンサートでした。 私としても、このモンテヴェルディの「白鳥の歌」とも言うべき作品を手がけるのはほぼ2年8ヶ月ぶり。前回は、全曲で、しかも衣装と演技を付けた、ささやかながらも本覚上演であったのに対し、今回はコンサート形式、しかもハイライトでした。では、前回の方がずっと良かったかというと、それは全然違います。今回の公演の切り口は、モンテヴェルディ最晩年の傑作オペラを2つ、しかもこれほど対照的な作品は他にあるまい、という2作品――《ウリッセの帰還》と《ポッペアの戴冠》――を対比させながら聴いて頂く、という企画だったからです。

《ウリッセ(ユリシーズ)の帰還》という作品は、トロイア戦争の後日談であるホメロスの有名な大叙事詩『オデュッセイア』(岩波文庫に邦訳あり)の後半部分をオペラ化したものです。出生したまま行方知れずの夫の帰りを待ちわびるイタカの王妃ペネーロペのもとへ、夫のウリッセが20年ぶりに帰還して再会を果たす物語。ここでテーマとなっているのは、理想化された崇高な夫婦愛であり、《ポッペア》における愛欲と官能の世界とは対極にあります。

これらの2作品を、抜粋とはいえ、対比させながら演奏する、というコンサートの企画は、おそらく本場ヨーロッパでも滅多にないものでしょう。どちらの作品も知らなかった人も、どちらか片方しか知らなかった人も、両方とも知っていた人も、皆さんから「とても楽しめた」、「堪能した」、「目から鱗」などといった讃辞を頂戴しました。我々、演奏する側にしても、同じことが言えます。礒山さんの、正に「企画の勝利」でした。
当日配布したプログラムから、礒山さんの「企画の言葉」をご紹介しましょう。
本公演は、モンテヴェルディを熱愛する私たちがサントリーホール・ブルーローズを場に行うコンサートの、第2回である。第1回は、昨年7月30日に、「モンテヴェルディ、愛の2態――聖母(マリア)と愛(アモ)神(ーレ)」と題して行われた。そのコンセプトは、宗教曲(モテット)と世俗曲(マドリガーレ)の対比を通じて、モンテヴェルディの描く愛の真実をあぶり出そうとするものであった。
その続編をオペラでやりたいという願いは、すぐに、ごく自然に湧き上がってきた。昨年の解説で私は、モンテヴェルディの描く「愛」を、次のように説明していた。「一方では、富や名誉と結びついた世俗の愛が、絢爛とした光りを放っている。他方では、天に向かう聖なる愛が、汚れないイメージで湧き上がっている。そしてその双方がえもいわれぬエロスの芳香を発し、相互に対立しているにもかかわらず、相手に向かって開かれているのである。」
こうした二元性は、オペラの織りなすドラマの中に、まさに存在しているのではないだろうか?作品に即して言えば、晩年の二大傑作である《ウリッセの帰還》と《ポッペアの戴冠》を対立する「愛の二態」の体現とも、解釈できるのではないだろうか――こう思ったとき、今回のプログラムは、事実上成立していた。尊敬する加納悦子さんと櫻田亮さんを中心に据え、モンテヴェルディの活動をともにしてきた若い人たちを渡邊順生さんのもとに配することで、自分なりに確信のもてる陣容が固まった。
困ったのは、時間の制約である。どちらも全3幕のオペラで、名場面が満載されている。両作品を並べるという欲張りをした結果、選曲の段階で、残念な倹約を迫られることになった。しかし結果として、選ばれた場面は、聴きどころのそのまた聴きどころばかりとなっている。あらためて全曲をという夢が残るのも、悪くないことである。
モンテヴェルディのオペラにおける「愛」の描き方がヴェルディやプッチーニと違うのは、神話の神々や寓意的な神格が関与して、人間を翻弄することである。オペラはつねに彼らの対話する天上のプロローグとして出発し、彼らの地上への介入も、ひんぱんに起こる。こうした異次元の交錯する場面は後にすたれていったが、今の目からは逆に新鮮で面白く、両オペラの聴きどころとなっている。昨年の解説の次のようなくだりは、その意味でオペラにも適用できるだろう。「17世紀初めのイタリアの人々にとって、愛は人間相互の間で完結するものではなく、神の世界、神々の世界に通じるものであった。愛のイデア性を当時の芸術は鋭く把握するが、現実の人間にとってそれはあまりにもしばしば、痛みと苦しみの源泉である。そのことを洞察した上で飽くことなく愛を探究し、強靱に描き尽くしたことが、モンテヴェルディの並外れたところではないかと思う。」
ここで言われている昨年の第1回のチラシもご覧に入れましょう。

今回の出演者の中で、ピカイチは、何と言っても、メゾソプラノの加納悦子さんとテノールの櫻田亮さん。「ピカニ」と言わねばいけませんね。お二人とも大好評でしたが、日本でモンテヴェルディを演って、こんなに素晴らしい歌唱が聴けるのは滅多にあることではありません。
若手の成長ぶりにも見るべきものがありました。

もう一人、ソプラノの渡邊有希子にも是非触れておかなくてはなりません。えっ、どうして彼女一人だけ呼び捨てにするのか、ですって? それは、彼女は身内だからです。前回(2011年)の《ポッペア》では、西村有希子の名前で出演していました。2011年の11月にウチの息子と結婚して家族の一員になりました。2013年の春には、甲府のコンクール(古楽コンクール「山梨」)で第3位に入賞しました。この秋の、私たちの横浜のシリーズ(山手プロムナード・コンサート)にも出演します。

ヴァイオリンを弾いた渡邊慶子はウチのカミサンです。それ以上のことはここでは何も言わないことにします・・・・・。

このコンサートについてお話ししたいことは他にも沢山ありますが、何れにせよ、もう終わってしまったコンサートなので、次回はこれからのコンサートについてお話ししましょう。秋のコンサートの中で一番力を入れているのは、やはりモンテヴェルディ。今度は《聖母マリアの夕べの祈り》です。この曲は、一昨年、私のサントリー音楽賞受賞記念コンサートでも演奏しましたが、今回は、イギリスのテノール、ジョン・エルウィスの来日に合わせて企画しました。乞うご期待!!
