2009年 05月 02日
映画『ワルキューレ』を見て |
先月、映画『ワルキューレ』を見て来ました。
この映画は、ワーグナーの同名のオペラとは何の関係もありません。
1944年7月20日に起こった、ヒトラー暗殺未遂事件の内幕を描いた映画です。
この暗殺計画が何故「ワルキューレ作戦」と呼ばれたかについては、かねがね不思議に思っていました。この映画によれば、「ワルキューレ作戦」というのは、もともと、非常事態の際に予備役を招集して政権の安定を図る、ナチス政府にとっての安全装置のようなもので、ワーグナー好きのヒトラーによって命名されました。ヒトラーを暗殺してナチス政府を転覆し、連合軍に降伏して早期に平和の回復を目指そうとした反ヒトラー派が、これを自分たちの計画に都合の良いように改竄したことから、このクーデター計画自体を「ワルキューレ作戦」と呼ぶようになりました。「はは~ん、ナルホド!」と納得。
映画では、この計画の中心人物の一人でヒトラー爆殺の実行犯である、片眼片腕のフォン・シュタウフェンベルク大佐をトム・クルーズが演じましたが、こいつがいけない! トム・クルーズは筋金入りのドイツ軍人にはまるで見えません! 映画自体には興味深い部分もあり、特に、これほど大規模なクーデター計画があそこまで進んでいたのか! と、びっくり。もしこれが本当だったとしたら、本当に惜しかったな! と思いました。
「テロ」というのは基本的に卑劣きわまる方法で、歴史上、テロがプラスに作用した事例はほとんどありません。古くはシーザーから、フランスのアンリ4世、リンカーン、ケネディ、坂本龍馬、大久保利通と、殺られたのは皆、惜しい人材ばかりです。しかし、ヒトラー政権は、史上、類を見ないほど残忍狡猾で、政府全体がテロリストみたいなものですから、これを転覆するにはテロによるほかなかっただろう、と、暗殺計画の方に共感を覚えます。
しかし、この話を映画化して、しかも実話で通そうとすると、誰でも結末を知っている話だけに、最後まで興味を持続させることが難しい。しかも、ケネス・ブラナーのように一癖も二癖もある役者をうまく使い切れていません。内容的にも、描かれるのは主人公のフォン・シュタウフェンベルクの周辺にいた人物ばかりで、たとえば、ヒトラー反対派やそのシンパが多かったといわれる、フランスにおけるドイツ軍の西部戦線司令部やロンメル元帥などは全く映画には出て来ませんから、そうした面でもやや広がりを欠いた感は否めません。
世界中がこの「ヒトラー暗殺計画」の存在を知ったのは、1951年に作られたアメリカ映画『砂漠の鬼将軍』(原題: The Desert Fox)によってでした。
この映画は、英国の退役軍人が独自に調査してまとめたロンメル元帥の伝記を基にしたもので、英国の名優ジェームズ・メイスンがロンメルを印象的に演じました。そのお蔭で、私などは、ロンメルと言えばジェームズ・メイスンの顔が浮かんで来てしまい、とても具合が良くありません。
ロンメルは自分の義務に忠実で愛国的な軍人でしたが、彼の友人には、ヒトラー反対派のシュトゥットガルト市長(演じるのはやはり名優のサー・セドリック・ハードウィック)などがいて、ヒトラー政権が如何に悪辣かを説き、次第にロンメルを反ヒトラー陣営に引き入れて行きます。
1944年6月6日、連合軍はノルマンディーに上陸、有名な「Dデイ」です。
この映画には、ロンメルと西部軍総司令官のフォン・ルントシュテット元帥(演じるのはヒッチコック映画でお馴染みのレオ・G・キャロル)の印象的な会話があります。ルントシュテットは、ヒトラーを「ボヘミアの伍長」と言って軽蔑しており、自分はもう年なので参加できないが、君の友人たちの興味深い計画が成功することを祈っているよ、と言います。レオ・G・キャロルのルントシュテット元帥は、映画『史上最大の作戦』に登場するルントシュテット元帥とは随分イメージが違います。
「ヒトラー暗殺未遂事件」が起こったのは、その丁度6週間後のことでした。
その3日前、ロンメルの乗った自動車が、戦線視察中に連合軍の飛行機に銃撃されて転覆し、ロンメルは重傷を負います。運命の日に、有力な味方だったロンメルが入院していたことは、クーデター派にとっても大きな不運でありました。
映画『砂漠の鬼将軍』に登場するフォン・シュタウフェンベルク大佐
この事件は、1967年に作られた映画『将軍たちの夜 The Night of the Generals 』でも描かれています。この映画では、極めて有能ではあるが性的な変質者でもある若いナチの将軍タンツをピーター・オトゥール、娼婦の惨殺事件を追うドイツ軍のMPの将校をオマー・シャリフが演じています。名作『アラビアのロレンス』以来の共演です。
タンツ将軍に扮したピーター・オトゥール
オマー・シャリフ扮するドイツ軍の中佐と、フィリップ・ノワレ演じるフランスの警部
ヒトラーの作戦会議に出席するフォン・シュタウフェンベルク大佐
爆発の瞬間
この映画では、事件の直後、MPの中佐が娼婦惨殺の犯人としてタンツ将軍を逮捕しようとしますが、折からヒトラー暗殺の失敗がラジオで報じられます。タンツは反逆者として中佐を射殺して窮地を脱し、その後パリの司令部に赴いて、反ヒトラー派の将軍たちを一網打尽にしてしまいます。悪が勝利をおさめるかに見えますが、その結末や如何に・・・?
この映画は、アナトール・リトヴァク監督の晩年の作品ですが、リトヴァクと言えば、イングリッド・バーグマンとユル・ブリナーの共演による『追想 Anastasia 』(1956)が忘れられません。この映画でバーグマンはハリウッド復帰を果たし、2度目のアカデミー主演女優賞に輝きました。
この映画では、ロシアの皇太后に扮したヘレン・ヘイズによる忘れがたい名演技が花を添えました。ヘレン・ヘイズは、古くは、ヘミングウェイの『武器よさらば』の最初の映画化(映画の邦題は『戦場よさらば』[1930])で、ヒロインとしてゲイリー・クーパーの相手役を務めましたが、何と言っても、この『追想』と、大型パニック映画『大空港 Airport 』(1970)の中の、飛行機の只乗りの常習犯の可愛らしい老婦人が印象に残っています。
こんな具合で、私は、映画のことを喋り出すと止まらなくなってしまうので、今日はこの辺でやめておきましょう。
「ヒトラー暗殺未遂事件」に戻ると、もし成功していたなら、あの時点で欧州での戦争が終結し、太平洋戦争も早期に終戦を迎えることで、世界の歴史は随分変わっていたことでしょう。ユダヤ人の犠牲者も大分少なくてすみ、ワルシャワ大蜂起はなし、それよりも何よりも、ソ連軍が東欧圏を占領することがなければ、戦後の冷戦構造は全く違うものになっていたでしょう。
クーデターを鎮圧したナチス政権は、この後は、何でもこの事件と関連づけて反対派の弾圧を強めて行きます。この年の暮れ頃から、指揮者のフルトヴェングラーも、ゲシュタポに付け狙われ、遂にその追跡をまいて、翌年2月1日、スイスへの亡命に成功しました。その際の嫌疑も、やはり「ヒトラー暗殺未遂事件」への関与であったとも言われています。
この映画は、ワーグナーの同名のオペラとは何の関係もありません。
1944年7月20日に起こった、ヒトラー暗殺未遂事件の内幕を描いた映画です。
この暗殺計画が何故「ワルキューレ作戦」と呼ばれたかについては、かねがね不思議に思っていました。この映画によれば、「ワルキューレ作戦」というのは、もともと、非常事態の際に予備役を招集して政権の安定を図る、ナチス政府にとっての安全装置のようなもので、ワーグナー好きのヒトラーによって命名されました。ヒトラーを暗殺してナチス政府を転覆し、連合軍に降伏して早期に平和の回復を目指そうとした反ヒトラー派が、これを自分たちの計画に都合の良いように改竄したことから、このクーデター計画自体を「ワルキューレ作戦」と呼ぶようになりました。「はは~ん、ナルホド!」と納得。
映画では、この計画の中心人物の一人でヒトラー爆殺の実行犯である、片眼片腕のフォン・シュタウフェンベルク大佐をトム・クルーズが演じましたが、こいつがいけない! トム・クルーズは筋金入りのドイツ軍人にはまるで見えません! 映画自体には興味深い部分もあり、特に、これほど大規模なクーデター計画があそこまで進んでいたのか! と、びっくり。もしこれが本当だったとしたら、本当に惜しかったな! と思いました。
「テロ」というのは基本的に卑劣きわまる方法で、歴史上、テロがプラスに作用した事例はほとんどありません。古くはシーザーから、フランスのアンリ4世、リンカーン、ケネディ、坂本龍馬、大久保利通と、殺られたのは皆、惜しい人材ばかりです。しかし、ヒトラー政権は、史上、類を見ないほど残忍狡猾で、政府全体がテロリストみたいなものですから、これを転覆するにはテロによるほかなかっただろう、と、暗殺計画の方に共感を覚えます。
しかし、この話を映画化して、しかも実話で通そうとすると、誰でも結末を知っている話だけに、最後まで興味を持続させることが難しい。しかも、ケネス・ブラナーのように一癖も二癖もある役者をうまく使い切れていません。内容的にも、描かれるのは主人公のフォン・シュタウフェンベルクの周辺にいた人物ばかりで、たとえば、ヒトラー反対派やそのシンパが多かったといわれる、フランスにおけるドイツ軍の西部戦線司令部やロンメル元帥などは全く映画には出て来ませんから、そうした面でもやや広がりを欠いた感は否めません。
世界中がこの「ヒトラー暗殺計画」の存在を知ったのは、1951年に作られたアメリカ映画『砂漠の鬼将軍』(原題: The Desert Fox)によってでした。
この映画は、英国の退役軍人が独自に調査してまとめたロンメル元帥の伝記を基にしたもので、英国の名優ジェームズ・メイスンがロンメルを印象的に演じました。そのお蔭で、私などは、ロンメルと言えばジェームズ・メイスンの顔が浮かんで来てしまい、とても具合が良くありません。
ロンメルは自分の義務に忠実で愛国的な軍人でしたが、彼の友人には、ヒトラー反対派のシュトゥットガルト市長(演じるのはやはり名優のサー・セドリック・ハードウィック)などがいて、ヒトラー政権が如何に悪辣かを説き、次第にロンメルを反ヒトラー陣営に引き入れて行きます。
1944年6月6日、連合軍はノルマンディーに上陸、有名な「Dデイ」です。
この映画には、ロンメルと西部軍総司令官のフォン・ルントシュテット元帥(演じるのはヒッチコック映画でお馴染みのレオ・G・キャロル)の印象的な会話があります。ルントシュテットは、ヒトラーを「ボヘミアの伍長」と言って軽蔑しており、自分はもう年なので参加できないが、君の友人たちの興味深い計画が成功することを祈っているよ、と言います。レオ・G・キャロルのルントシュテット元帥は、映画『史上最大の作戦』に登場するルントシュテット元帥とは随分イメージが違います。
「ヒトラー暗殺未遂事件」が起こったのは、その丁度6週間後のことでした。
その3日前、ロンメルの乗った自動車が、戦線視察中に連合軍の飛行機に銃撃されて転覆し、ロンメルは重傷を負います。運命の日に、有力な味方だったロンメルが入院していたことは、クーデター派にとっても大きな不運でありました。
映画『砂漠の鬼将軍』に登場するフォン・シュタウフェンベルク大佐
この事件は、1967年に作られた映画『将軍たちの夜 The Night of the Generals 』でも描かれています。この映画では、極めて有能ではあるが性的な変質者でもある若いナチの将軍タンツをピーター・オトゥール、娼婦の惨殺事件を追うドイツ軍のMPの将校をオマー・シャリフが演じています。名作『アラビアのロレンス』以来の共演です。
タンツ将軍に扮したピーター・オトゥール
オマー・シャリフ扮するドイツ軍の中佐と、フィリップ・ノワレ演じるフランスの警部
ヒトラーの作戦会議に出席するフォン・シュタウフェンベルク大佐
爆発の瞬間
この映画では、事件の直後、MPの中佐が娼婦惨殺の犯人としてタンツ将軍を逮捕しようとしますが、折からヒトラー暗殺の失敗がラジオで報じられます。タンツは反逆者として中佐を射殺して窮地を脱し、その後パリの司令部に赴いて、反ヒトラー派の将軍たちを一網打尽にしてしまいます。悪が勝利をおさめるかに見えますが、その結末や如何に・・・?
この映画は、アナトール・リトヴァク監督の晩年の作品ですが、リトヴァクと言えば、イングリッド・バーグマンとユル・ブリナーの共演による『追想 Anastasia 』(1956)が忘れられません。この映画でバーグマンはハリウッド復帰を果たし、2度目のアカデミー主演女優賞に輝きました。
この映画では、ロシアの皇太后に扮したヘレン・ヘイズによる忘れがたい名演技が花を添えました。ヘレン・ヘイズは、古くは、ヘミングウェイの『武器よさらば』の最初の映画化(映画の邦題は『戦場よさらば』[1930])で、ヒロインとしてゲイリー・クーパーの相手役を務めましたが、何と言っても、この『追想』と、大型パニック映画『大空港 Airport 』(1970)の中の、飛行機の只乗りの常習犯の可愛らしい老婦人が印象に残っています。
こんな具合で、私は、映画のことを喋り出すと止まらなくなってしまうので、今日はこの辺でやめておきましょう。
「ヒトラー暗殺未遂事件」に戻ると、もし成功していたなら、あの時点で欧州での戦争が終結し、太平洋戦争も早期に終戦を迎えることで、世界の歴史は随分変わっていたことでしょう。ユダヤ人の犠牲者も大分少なくてすみ、ワルシャワ大蜂起はなし、それよりも何よりも、ソ連軍が東欧圏を占領することがなければ、戦後の冷戦構造は全く違うものになっていたでしょう。
クーデターを鎮圧したナチス政権は、この後は、何でもこの事件と関連づけて反対派の弾圧を強めて行きます。この年の暮れ頃から、指揮者のフルトヴェングラーも、ゲシュタポに付け狙われ、遂にその追跡をまいて、翌年2月1日、スイスへの亡命に成功しました。その際の嫌疑も、やはり「ヒトラー暗殺未遂事件」への関与であったとも言われています。
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by cembalofortepiano
| 2009-05-02 18:55
| 映画